メンバー紹介
中村 富美子
[ 静岡県沼津市立大岡中学校 ]
» 自分にキャッチコピーをつけるなら
歩くスキルラダー
» モットー
「努力する者は夢を語り、怠ける者は不満を語る」
» なぜ養護教諭になったのか
夢は体育教師でしたが、道が外れて看護師になりました。患者様と過ごす中で、病気にならないようにする事が一番大事だわ、と気がつき、健康教育(予防)に目覚めました。学校で、集団にも個人にも働きかけることができる養護教論の仕事は、やりがいがあります。
» 略歴
東京で武者修行として、病棟看護師を5年。その後、静岡県公立小・中学校の養護教諭になって24年目です。「笑って免疫力アップ大作戦」などの子ども主体の委員会活動が大好きです。
高橋 佐和子
[ 神奈川県立保健福祉大学 ]
» 自分にキャッチコピーをつけるなら
見た目はおばさん中身は子ども
» モットー
「笑う門には福来たる」
» なぜ養護教諭になったのか
恥ずかしながら、「楽そうだな」と思ったのがきっかけでしたが、養護教諭になってからその魅力にはまりました。そして、ご存知の通り養護教諭の仕事は楽ではありませんでした。
» 略歴
静岡県と福島県で公立小学校の養護教諭を14年ほどしていました。その間に、初任者研修を3回受け、2人の子どもを出産しました。 現在は神奈川県立保健福祉大学で養護教諭の養成に携わっています。学生に養護教諭へのあこがれや夢をいっぱい持ってもらい たいと思っています。
加藤 恵美
[ 静岡県静岡市立清水庵原小学校 ]
» 自分にキャッチコピーをつけるなら
ポーカーフェイスの情熱家
» モットー
「前向きに」
» なぜ養護教諭になったのか
正直に言えば、高校生の時の直感です。これだ!と思いました。自分が経験した、喜び、悲しみ、悩み…自分の生き方そのものが一つのロールモデルとして子供たちの成長に役に立てることができるのではないか、経験を通して子供たちを笑顔にできる、そんな職業が素敵だと感じました。しかし実際には自身の経験以上の様々な知識が必要ですので、日々勉強中です。
» 略歴
滋賀県・静岡県で幼稚園、小学校、中学校、高等学校と様々な校種で養護教諭を経験した後、海外日本人学校で養護教諭経験。帰国後は大学院進学、修了後、静岡県で養護教諭をしています。
内山 有子
[ 東洋大学 ]
» 自分にキャッチコピーをつけるなら
外見おばさん、中身はジャニオタ小学生♪
» モットー
「All work and no play makes Jack a dull boy.⇒よく遊び、よく学べ!」
» なぜ養護教諭になったのか
幼少期に「国境なき医師団」の活躍で見て医者になりたいと思いましたが、如何せん頭がついていかず・・・次いで、看護師と養護教諭で悩み、最終的に元気な子どもたちと関われる養護教諭の道を選びました。
» 略歴
北海道の大学を卒業後、東京、アメリカとワールドワイドに紆余曲折した後、さいたま市の高校で2年間、保健室勤務を経験しました。「現在は養護教諭を養成する大学にて、歌って踊れて時代のニーズを感じることができる養護教諭の育成に励んでいます」
齋藤 朱美
[ 東京都立深川高等学校 主任養護教諭 ]
» 自分にキャッチコピーをつけるなら
「もう辞めたいと思った数は、乗り越えた数」
» モットー
「来る者は拒まず、去る者は追わず、間口は大きく、期待は小さく」
» なぜ養護教諭になったのか
希望だった小児病棟に配属にならず、夜勤時に夜な夜な眠れぬ患者さんの身の上話を聴いているうちに、もっとじっくり人の話に耳を傾ける仕事に就きたいと思ったから。
» 略歴
看護師や講師等を経て、2005年より都立の高等学校の養護教諭として勤務。現在は、現職のまま大学院で勉強をしています
芝 裕介
[ 宮崎県立延岡しろやま支援学校 高千穂校 ]
» 自分にキャッチコピーをつけるなら
一度火が付いたら、とことん突き進む
» モットー
「飽くなき探究心」
» なぜ養護教諭になったのか
病院の患者さんと接する中で、予防教育・健康教育に興味を持ちましたが、男性の養護教諭数は少なく、また再就職への不安も相まって、一時は体育教師を目指しました。しかし、それでも予防教育・健康教育をやりたいという思いが沸き上がり、猛勉強した甲斐もあって、現在に至ります。
» 略歴
病院などで看護師として7年勤務し、養護教諭になりました。養護教諭歴4年目です。養護教諭になるまでに、体育大学で保健体育の勉強や剣道修行、青年海外協力隊(短期・剣道)の活動も経験できました。
荒木田 美香子
[ 川崎市立看護大学 副学長 ]
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永遠のサザエさん
» モットー
「激しく生きん」
» なぜ養護教諭になったのか
上智大学のカウンセリング研究所の1年間の研修を修了したところで、子どもの心のケアに興味をもっていたから。 また予防が何よりなので、子どもに関わりたいと思ったからです。
» 略歴
養護教諭2校(お茶の水女子大学附属中学校、東京学芸大学附属竹早中学校)にて8年勤務。 産業保健師2か所7年勤務、病棟勤務3年、大学教員として4ヵ所24年勤務し、現在に至っています。